「詳説ロボットの運動学」第6.1節ロボットの線形制御への補足説明 2006.10.17
1. ロボットアームの非線形性
2. 系の線形化
3. 線形制御系のブロック線図
4. 線形化制御系のFBゲインの決め方
5. サーボモータの概略諸元
6. 台形速度則による位置決め
7. CP運動の軌道生成
8. CP運動の軌道上の速度・加速度と関節速度・加速度の関係
1.ロボットアームの非線形性
・ロボットアームの関節駆動トルク(力)と関節変位の関係を表す動力学式は,自由度をnとすると
(1.1)
ただし :関節駆動トルク(力)(n次元ベクトル)
:関節変位(回転・直動)
:変動する慣性モーメント(質量)(n×n行列)
:コリオリ項(n次元ベクトル)
:関節速度と逆に作用する摩擦トルク
G(Φ):重力項(n次元ベクトル), g:重力加速度
:ヤコビアン,:外力・モーメント
・動力学式の非線形性は(直交座標ロボットを除いて)
(1) 慣性項がロボットの形態(configuration)によって変わる.
(2) 速度の2乗・積に比例する遠心力・コリオリ力がある.
(3) 重力の影響が形態によって変わる.
(4) かなり大きな減速機の摩擦損失がある.
であり,厳密には通常の線形制御則は適用できない.
・固体摩擦は主として減速機に起因する.摩擦損失は負荷・速度・潤滑状態・使用履歴によって変わり,
また回転位置によっても変わる.大体駆動トルクに比例し
(1.2)
と考えてよい.は摩擦トルク係数,はその変動分で予測できない確率変数である.
・慣性モーメントはモータ自身の慣性とアーム・減速機の慣性を含む.すなわち減速比を1:uとすると,各モータ(k=1,2,….,n)の入力側から見た慣性トルクは
(1.3)
(1.4)
ただし :k番目モータ・減速機の慣性モーメント(一定)
:ロボットの形態に依存するアームの慣性行列の(j,k)成分.
・減速比が大きくなると慣性の変動分は小さくなり,慣性トルク第2項は外乱と見なすことができる.
2.系の線形化
・線形制御では係数が定数であることを前提にしている.
・動力学式の線形化は,アームの慣性行列を一定と見なし,慣性項の変動分・コリオリ項・重力項などは外乱と見なして,系の固有振動数・減衰比などを評価する.
・慣性の一定値として,慣性の最大値(アームを一杯に伸ばした状態),中間値(半分伸ばした状態)などが考えられる.
・モータ側から見て減速比が大きくなるとモータ慣性に対しての変動は相対的に小さくなり,系は線形化式に近くなる.
・DDロボットは減速比=1:1で,の変動が大きく,線形制御として計算した特性と異なる.安定性も保証できない.
・減速比は最適減速比(インピーダンスマッチング)が望ましい.
3. 線形制御系のブロック線図
・各関節は,自身の誤差だけをフィードバックする独立な制御系を構成する1入力1出力系の場合と,他の関節の誤差もフィードバックする多入力多出力系の場合とがある.ここでは前者の場合について述べる.
(1)
トルク制御型ドライバーによる位置誤差・速度フィードバック制御
・普通のPID制御系である.
・ロボットアームの伝達関数は線形化してである.
・入出力間の伝達関数はPD制御で
(3.1)
の形をしており,2次遅れ系である.
(積分FBがあるときは1次/3次)
・従って入力に対する追随性は立ち上がりで遅れが目立つ.
・右図のように指令値との誤差とその微分(速度誤差)を(誤差の積分と共に)フィードバックするタイプである.
・この系はPD制御で
(3.2)
の形をしており,全体として1次遅れ系である.(積分FBがあるとき2次/3次)
・従って(1)より立ち上がりの応答性がよい.
・一般にトルク制御型ドライバーではモータの限界トルクが存在する.そのために高速運動において,指令値に追従するのに必要なトルクが出せないこともある.その場合は計算と実際とが大きく異なる.
(3)トルク制御型と速度制御型ドライバーの違い
・速度制御型ドライバーはその指令値が速度に相当し,内部では比例ゲインの他に速度偏差が生じないように積分要素も含まれている.
・また比例ゲインを大きく取ってわずかな速度偏差でも飽和電流(限界トルク)となるようにして,追従性を向上させている.(図参照)
・この追従性が非常に早く,ドライバー・モータ・アームを含めて伝達関数はと見なすことができる.
・十分な追従性を維持するためには,モータ換算のアーム慣性が大き過ぎてはいけない.市販のサーボモータ・ドライバーではその最大慣性が示されており,その値以下で使用してのみが保たれる.
4.線形化制御系のFBゲインの決め方
・以下,2自由度ロボットアームについて考える.
・また,位置誤差と速度をフィードバックする場合について計算するが,位置誤差と速度誤差をフィードバックする場合でもFBゲインの値は同じである.
(1) 関節1・2の干渉を考えない場合
・円筒座標ロボットの線形化式では各関節の運動は独立であり,各関節で制御系を考えてよい.
・PID制御系の伝達関数は
(4.1)
となる.ただし,Iはモータの慣性モーメントとモータ換算の線形化したアーム慣性モーメントの和である.
・α =0はPD制御である.αが大きい程時定数が小さく応答が早いことを意味する.
・系の固有振動数・減衰比ζ・もう1つの時定数1/αを設定してFBゲインを決める.
∴ , , (4.2)
(2) 関節1・2間の干渉がある場合
・SCARAなどの多関節ロボットでは線形化式でも慣性項が両関節に関係しており,独立でない.すなわち動力学式より,コリオリ項を省略して
(4.3)
ただしθはモータの回転変位,慣性モーメントはモータ換算量とする.
・フィードバックトルクを各モータ変位の誤差・速度だけに依存し,他の関節変位速度に関係ないと仮定すると,モータトルクは
(4.4)
・2変位系の伝達関数は
(4.5)
(4.6)
(4.7)
・特性方程式は
(4.8)
・この式を2つの3次式の積
(4.9)
の形にする.
・両式を等置して係数比較をすれば系の特性(を与えてフィードバックゲイン,,,,,を求めることができる.
・と置くと特性方程式は
(4.10)
・もう一方の式は
(4.11)
(4.12)
・両関節の制御特性を同じと仮定する.
, , (4.13)
・特性方程式を書き直すと
(4.14)
・係数比較より
: (4.15)
: (4.16)
: (4.17)
・一方
: (4.18)
: (4.19)
: (4.20)
・この各べきから導かれた2つの値は一致しなければならない.そのためには系の固有振動数・減衰比・他の時定数の逆数の間に関係がある.
・解の1つは,,とすることである.
・各ゲインは
→ , (4.21)
→ , (4.22)
→ , (4.23)
となる.
・2つの特性が異なる値を持つ解もあり得るが,計算は面倒である(方程式の根を数値的に求めなければならない).
・ロボットの2つの制御特性を同じにすることはバランスのとれたよい設計と言える.
(3) 関節1・2間の干渉があり,両関節誤差を両関節にフィードバックする場合
・伝達関数は
(4.24)
である.ただし,, ,[ ]は2×2行列で,[G],[Gc]の成分は(2)と同じである.
・特性方程式は
(4.25)
・この式が,を設定して
(4.26)
の形になるようの成分を決める.
・両式ともsの6次式であり,係数比較から各成分を決めればよい.
・成分は全部で12あり,中6成分は任意にとれる.またを対称行列とすれば9成分を決めることになり,3成分は任意である.
・各成分の導出は複雑であり,数値計算に頼らざるを得ない.
5.サーボモータの概略諸元
カタログによれば,サーボモータの定格パワーW(W)と連続ストールトルク(連続使用で許容できるトルク)(Nm)・慣性モーメント()の間に下記のような関係にある.
(5.1)
(5.2)
フィードバックによるモータの駆動トルクがを超えたらで頭打ちになり,これが制御特性を理論と合わない原因となる.
ロボットの運動に必要な最大パワーを見積もってそれに見合うモータパワーを選定する.例えば,アーム・ワーク総重量10kgを垂直に速度1m/sで動かしたいとき必要なパワーは,減速機の伝達効率60%として,約160Wである.このロボット制御シミュレーションでは,上記関係から,,として計算している.
・PTP運動による位置決め制御には,始点から目標位置(目標関節変位)まで台形速度パターンによる指令値を与えてフィードバック制御する方法が一般的に行われている.
・位置決めの行程を,立ち上がり(立ち下がり)加速度を,一定速度を,位置決め時間をとする.
・このとき次の式が成り立つ.
(6.1)
(6.2)
・を定数と仮定し,,を仕様として与えると,が決まる.
(6.3)
(6.4)
・はモータの出し得る最大の加速度とすればよい.最大加速度は次のように考える.ロボットのアーム慣性モーメントの最大値を,モータの慣性モーメントを,減速比を,モータ最大トルクをとすると
(6.5)
・上式の根号内が負のときは解がない.すなわち指定のでは位置決めできないので,もっと遅くする必要がある.
7.CP運動の軌道生成
(1)
・CP運動の始点と終点,及び所要時間を与えて時間関数としての軌道を生成する.
・軌道上で台形速度則を適用する.すなわち軌道長さをとすると
: (7.1)
: (7.2)
ただし (7.3)
: (7.4)
・始点の加速度と終点の加速度(減速度)はその点における限界の加速度をとる.すなわちモータから見たモータ+アームの慣性モーメントの最大値をとすると,関節の最大加速度は
(7.5)
・関節1,2について上記関節最大加速度を決め,それを始点・終点での軌道上の加速度に換算した値が,である.
, (7.6)
, (7.7)
・台形速度則における速度の折点と定速度は以下のように求まる.
(7.8)
(7.9)
(7.10)
∴ (7.11)
(7.12)
(7.13)
・軌道上の運動は台形速度則でよいというわけではない.軌道の急な旋回にはついていけないからである.出し得る最大トルクによって可能な最大加速度を常に軌道上で保つ運動が最も望ましいが,これはCP運動の最短時間制御問題である.製図機やXYプロッターはこれと似た制御を行っている.
(2) 軌道長さの関数表現
・3つの例によって示す.
(2−1)直線軌道
・軌道関数の助変数はsそのものである.
・軌道接線の傾きはβ=一定である.
・時間関数としてsが決まればXY平面上の位置は
(7.14)
(7.15)
(2−2)円軌道
・軌道の助変数はγで,である.
・始点の傾きはであり,β=π/2+γと変化し,終端の傾きはである.
・すなわち , (7.16)
・時間関数としてsが決まればXY平面上の位置は
(7.17)
(7.18)
(2−3)正弦波軌道
・正弦軌道を簡単のために,とする. (7.19)
・軌道の微小長さdsは
(7.20)
・軌道の全長は
(7.21)
・始点の傾きと終点の傾きは
, (7.22)
・移動量sからXY平面上の位置を直接決定できないから.微小移動量dsからXY平面上の微小移動量dx,dyを求めてその積分値として位置を表す.すなわち
, (7.23)
, (7.24)
・この計算では積分の累積誤差がxから軌道長sを積分する計算より大きい.
8.CP運動の軌道上の速度・加速度と関節速度・加速度の関係
・CP運動の軌道上の速度・加速度を関節速度・加速度に換算する.
・以下,2自由度ロボットについて考える.
・軌道の関数をとする.
・速度加速度の(X,Y)成分は
, (8.1)
, (8.2)
・,とする.
・(X,Y)成分から関節変位成分への換算は
(8.3)
(8.4)
Jはヤコビアンである.
・すなわち関節の速度・加速度は
(8.5)
(8.6)