「詳説ロボットの運動学 第2.4節 減速機」への追加説明           

          -------- 減速機の摩擦と伝達効率に関する考察 --------         2006.9.28

 

1.         減速機の効率の基本的な考え方

2. 効率と入出力間の力の関係

3. 減速機の斜面モデル

4.         入出力間の力(モーメント)の関係の入力側換算と摩擦損失

5.         1自由度ロボットの駆動モータと減速機への応用

(1)   入力トルクと速度の方向が同じとき

(2)   入力トルクと速度の方向が異なるとき

(3)   速度が0のとき

6.         2自由度ロボットの駆動モータと減速機への応用

(1)モータ1,2とも速度が0でないとき

(2)モータ1の速度が0のとき

(3)モータ2の速度が0のとき

(4)モータ1,2とも速度が0のとき

7.         まとめ

 

 

1.                           減速機の効率の基本的な考え方

 

・関節の駆動にはモータとアームの間に減速機を使うのが普通である.これは通常のモータはアームの運動を維持するには出力トルクが小さ過ぎ,速度が大きすぎるからである.

・減速機の性能は伝達効率で表される.

・高減速比の減速機の伝達効率は数10%である.これはモータ側トルクのアーム駆動トルク(力)となり,摩擦トルクがであることを意味する.

・減速機の力学的な特徴は以下の2つである.

(1)減速機の摩擦損失と通常の固体摩擦損失との違いは,前者が入力値に比例するのに対し,後者は軸受けなどの負荷に比例する値で,入力値によらない(のとき).

このことは,位置決め時にフィードバックトルクが小さくなったとき,後者では不感帯が生じるが,減速機に起因する不感帯は生じないという違いがあることを意味する.

(2)減速機の伝達効率とはモータ側(高速側)からアーム側(低速側)への伝達効率である.

アーム側からモータ側(増速機としての使い方)の伝達効率より小さい.すなわち摩擦損失が大きい.もあり得る.このときはアーム側から駆動できず,運動は停止する.

 

2. 効率と入出力間の力の関係

 

・ロボットではアームの重力項や他のアームの慣性項が大きくなり,アーム側から駆動することもあり得る.

・このときはアーム側からの駆動トルクとなってモータを逆に駆動する.摩擦損失はである.

が拮抗しているときは摩擦によって動かない.

・以上のことを式で表すと

   :アーム駆動トルク=       (2−1)

   :モータ逆駆動トルク=      (2−2)

   :摩擦が大きくて動けない   (2−3)

・減速機へのモータ側からの駆動トルクは,モータの出力トルクをとすると,モータの慣性を考慮して

                    (2−4)

・アーム側からのトルク(負荷トルクを正とする)は,重力項・コリオリ項をまとめてと置くと

                      (2−5)

・慣性項を考慮して,各駆動トルクの大小でどの方向に駆動するかを決めなければならない.この条件分けが減速機付きアームの動力学計算の煩雑な点である.

 

3. 減速機の斜面モデル

 

・ハーモニックドライブなどの高減速比の効率はねじ送り(ウオームギヤ)のように斜面モデルと同じと考えられる.

(減速比), (摩擦係数),入力,出力(反力)Q摩擦抵抗Rと置く.


・面の滑り摩擦係数をμ,面に沿う滑り速度をvとする.

 

 

・(1−1)P>0v>0のとき

   ,   ,     (3−1)

・(1−2)P>0v<0のとき

   ,   ,     (3−2)

 γ<ρならば解が存在せず,運動は一瞬に停止する.


・(2−1)P<0v>0のとき:Pの左向きを正として

   ,   ,   (3−3)

・(2−2)P<0v<0のとき: Pの左向きを正として

   ,   ,   (3−4)

・(3)v=0のとき

 摩擦力がどちらの方向に働くかは未知である.上記(1−1),(1−2),(2−1),(2−2)のケースが考えられ,摩擦力は上記の値を最大最小とするその中間の値を取る.

 

4.                           入出力間の力(モーメント)の関係の入力側換算と摩擦損失

 

(1−1)〜(2−2)をまとめると,出力の入力換算値はであるから,

(1)のとき:Pを入力,Qを出力とする系と考え

   ,         (4−1)

(2)のとき:Qを入力,Pを種留直とする系と考え

   ,        (4−2)

となる.

は減速機の効率であり,通常製品カタログに記載されている.

は低速側を入力とする場合(増速機)の効率でより小さい.高減速比では負になることがある.負では増速できない(セルフロック).

は摩擦係数に相当する量で,減速比が大きいと通常の摩擦係数より遙かに大きい.

・例えば 60  → ρ=0.76°0.400.33-2

       40 → ρ=0.86°0.60-0.50<0

  第2のケースではの運動をすることができず,瞬時に停止する.

・以上が斜面モデルによる効率の考え方である.

 

5.                           1自由度ロボットの駆動モータと減速機への応用

 

・1自由度ロボットについて考える.ロボットのモータの駆動トルクτは誤差や速度のフィードバック量によって決まる値である.すなわち,モータ回転角をθとすると


                       (5−1)

 

 

・減速比をとして負荷側の動的力(モーメント)は,慣性項と(コリオリ項・重力項)からなり,

               (5−2)

と表すことができる.

・減速機斜面モデルの入力P

                        (5−3)

・出力Q

                       (5−4)

・出力の入力換算値は

         (5−5)

ただし

    : モータ側換算のアーム慣性モーメント

    : モータ側換算のコリオリ・重力項

   <1:減速機の伝達効率.通常使われている量

   <1:低速側入力のときの伝達効率.では増速機として使えない.

・減速機入出力関係,加速度,摩擦損失,および式が成り立つ条件は

(1)>0のとき

 →          (5−6)

                      (5−7)

 , >0       (5−8)

               (5−9)

(2)<0のとき

  →          (5−10)

                       (5−11)

 ,  <0        (5−12)

                 (5−13)


・この2つの条件が成り立つのは,フィードバックによる駆動トルクとロボットアームのコリオリ・重力項(のモータ側換算)は図の範囲内のときである.

 

(3)のとき

上記加速度が大きい方向に動こうとし,摩擦はその逆に働く.すなわちτ>0として

(3−1)>0:効率は

 →        (5−14)

                               (5−15)

                (5−16)

         (5−17)

                       (5−18)

     (5−19)

= 慣性項 + コリオリ・重力項 + 摩擦項

(3−2)<0:効率は

   →               (5−20)

                                         (5−21)

                         (5−22)

            (5−23)

                                 (5−24)

          (5−25)

∴                           (5−26)

 (3−3)の差が小さいと摩擦のために動けない.このとき

                                               (5−27)

・これらが成り立つの領域は図5の通りである.

・モータ換算の慣性項・コリオリ項・重力項・摩擦項は

                                         (5−28)

                                        (5−29)

                                         (5−30)

                            (5−31)

 これは制御においてどのトルクが大きいかを知るために計算する.


6.                           2自由度ロボットの駆動モータと減速機への応用


・2自由度で慣性項が互いに干渉するときの駆動トルクと角加速度の関係,摩擦力の作用を検討する.

・動いているとき(速度≠0)と,停止しているとき(速度=0)にどの方向に動き出すかまたは停止したままかについて,場合分けして考える.

・駆動トルクは,自身の状態のみをフィードバックするとして

 

            (6−1)

           (6−2)

・出力の入力換算値は

                                   (6−3)

                                  (6−4)

・各減速機の伝達効率を下記のように書き直す.

  , , ,          (6−5)

 これらを代表してと置く.速度の向きに応じてのどれか,

のどれかであり,運動の状態によって使い分ける.

 

(1)速度が0でないとき(

 →       (6−6)

 →      (6−7)

・この2式より

           (6−8)

                                                (6−9)

                  (6−10)

                                                (6−11)


 ただし,のとき                                (6−12)

のとき                                (6−13)

     のとき                                 (6−14)

のとき                               (6−15)

である.

の4通りについてを計算し,上記正負の条件を満足している解を採用する.(図7参照.必ず4通りのどれかが該当する)

 

(2)モータ1の速度が0のとき

(2−1)のとき

の正負によってのいずれかとする.

4通りについてを計算し,その結果は(1)と同じ(6-7)(6-9)式である.4通りの解の中で上記正負の条件を満足している解を採用する(図8参照).必ずしも4通りのどれかが解となるとは限らない)


・該当する解がないときは,摩擦損失が大きくて動けない場合である.すなわち

 

 

(2−2)のとき

・(2−1)の解がないときはこのケースであり,減速機1の摩擦が入出力トルクの差より大きくて動けないときである.摩擦が駆動トルクより大きい条件は

                                (6−16)

を代入して,の2通りについてを計算する.

         (6−17)

>0, <0

の条件を満たしている解を選ぶ.

 

(3)モータ2の速度が0のとき

(3―1)のとき

の正負によってのいずれかとする.


4通りについてを計算し,その結果は(1)と同じ(6-7), (6-9)式である.上記正負の条件を満足している解を採用する(図9参照).必ずしも4通りのどれかが解となるとは限らない)

 

 

(3−2),のとき

・(3−1)の解がないときはこのケースとなる.減速機2の摩擦が入出力トルクの差より大きくて動けないときである.摩擦が駆動トルクより大きい条件は

                          (6−18)

を代入して,の2通りについてを計算する.

              (6−19)

>0, <0                      (6−20)

の条件を満たしている解を選ぶ.

 

(4)モータ1,2とも速度が0のとき

(4−1)のとき

の正負によってのいずれか,の正負によってのいずれかとする.

4通りについてを計算し,その結果は(1)と同じ(6-7), (6-9)式である.

・上記正負の条件を満足している解を採用する(10参照).


(必ずしも4通りのどれかが解となるとは限らない)

 

(4−2)のとき

・第1関節の減速機の摩擦損失が大きくて動けない場合である.その条件は

                  (6−21)

を代入して,の2通りについてを計算し,の正負の条件を満たしている解を選ぶ.解は存在するとは限らない.

を代入して,の2通りについてを計算する.

       (6−22)

>0, <0                  (6−23)

の条件を満たしている解を選ぶ.

(4−3)のとき

・第2関節の減速機の摩擦損失が大きくて動けない場合である.摩擦が駆動トルクより大きい条件は

                                 (6−24)

を代入して,の2通りについてを計算する.

            (6−25)

>0, <0                    (6−26)

の条件を満たしている解を選ぶ.解は存在するとは限らない.

(4−4)のとき

・第1・第2関節とも減速機の摩擦損失が大きくてどちらも動けない場合である.

・元の式に戻って,であるから

                                   (6−27)

 であり,

                      (6−28)

の間にある.

・すなわち

                                   (6−29)

                                   (6−30)

 のとき両減速機とも動けない.

 

[補足]のときが2通りの解を持つ可能性

・2アームとも静止状態から動き出すのに,一方が動き出さず,他方が動き出す2通りの角加速度解(=00の解と0=0の解)があるかどうか調べる.

=00の解の条件は,減速機1に対して

                            (6−31)

・減速機2に対して

 →      (6−32)

に対してに対してであるから

    >0ならばの解(順方向の運動)     (6−33)

    <0ならばの解(逆方向の運動)  (6−34)

 の解を持つ.この2つは重ならないから解は1通りである.

・すなわち上記の減速機1の条件と減速機2の条件が成り立てば必ず一意の解が存在する.

・同様に・0=0の解の条件は,減速機2に対して

                              (6−35)

 が成り立ち,減速機1の条件

   >0 (順方向運動)          (6−36)

   <0 (逆方向運動)            (6−37)

が成り立てば必ず一意の解が存在する.

 

7.                           まとめ

 

・減速機の伝達効率と摩擦との関係を明らかにした.

・力と運動の方向によって摩擦力がどのように作用するかの計算は,場合分けが多く面倒である.

・単純なケースで,例えば固体摩擦のあるばねマス系に周期的強制力が作用する場合,スティックスリップ運動が生じるかどうかの吟味だけでも面倒である.

・ましてロボットのケースは更に面倒であることは当然である.

・ロボットの制御で,実際には純粋の固体摩擦も存在する(不感帯がある).その計算は更に面倒になる.