研究業績概要2002.8.28

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　Ⅰ．振動・騒音

●非線形振動問題

１．振動による摩擦減少効果(1965)

・高周波振動を与えると，固体摩擦が見かけ上なくなる（dither効果）．この現象を詳細に検討した．

・振動によって摩擦が小さくなることはよく経験する．地震によって砂地の建物が沈むのはこのせいである．

・ditherは制御で応用されている．しかし振動による摩耗がおおきいので，あまり勧められない．

・厳密に言うと振動によって固体摩擦は見かけ上流体摩擦に変わる．

・振動加速度がある程度以上大きくないと摩擦現象効果は得られない．

２．非線形振動の新しい解析方法の提案(1971)

・非線形弾性特性を持つ梁の曲げの新しい非線形振動解析手法を考案した．

・これは集中定数系における「摂動法」を分布定数系に適用したものであり，従来の「最適線形化法」と異なり解の近似度を上

　げられる特徴を持つが，計算は面倒である．

［註］この研究はフランスのマルセーユ国立科学研究所（ＣＮＲＳ）における客員研究員(1968.8～1969.9, Marseille)として

　の研究成果である．受け入れ先の故Theodor Vogel氏，故Yves Julien氏に感謝する．

３．エレベータの振動解析(1996)

・エレベータの振動問題を理論的実験的に明らかにした．

・ガイドレールはレールブラケットを支点とする梁であり，ガイドシューの位置によって撓み剛性が変化する．これが乗り篭の

「パラメータ励振」型の振動を引き起こす．この現象を解析実験し，エレベータの「危険速度」を提案した．

［註］この研究に関して日立製作所（株）長谷川邦夫氏，中島功氏の多大な援助をいただいたことに感謝する．

●振動測定と防振

１．超長周期振動計の開発(1966-67)

・液体の浮力によって質量を浮かせて固体摩擦をなくし，固有周期を１８秒という従来の１０倍以上の長周期の小型ねじり振動

　計を試作することができた．これを後述の歯車かみ合い試験機に応用し計測に成功している．

・浮力と重力とが釣り合うように設計すれば浮きもせず沈みもしないマリモのような状態で浮かぶ．そうすると支点に垂直荷重　がかからず固体摩擦は０になり，振動がスムースになる．実際作ってみると浮心と重心が一致しないとモーメントが発生し支　点に横に力が加わって摩擦が生じる．この浮心と重心を一致させかつ回転釣り合いをとる制作に苦労した．手作業では何とか　できるが量産向きではなく，大阪精密（株）勇崎氏が試みたが結局製品化できなかった．

・これを大型にして固有周期４２秒を実験で得ているが，応用には到っていない．

［註］液体の浮力を利用して摩擦を減らす方法は，回転系に対しては有効であるが，並進運動の振動計には有効でない．

２．高性能の防振装置の開発（特許）(1978)

・ばね－マス系の防振の固有振動数を０.８３Ｈｚ（普通は数Ｈｚ）とするメカニズムであり，ばねの初期圧縮力を機構的に負　のばね定数となるようにしたものである．

・これは従来の５倍以上低く，防振効果は２５倍以上大きい．

・今流行りの建物の防振に役に立ちそうである．

●騒音低減

１．インパクトプリンタの騒音低減（１）(1978)

・ドットプリンタの騒音を減らすため，プラテン側に対して騒音制御の１手法である固体中の振動伝播を断ち切ることを試み，　１５ｄＢの減少を得た．

２．インパクトプリンタの騒音低減（２）(1979)

・インパクトによる騒音においては鐘も撞木も鳴る．ドットプリンタの撞木側として，ドットワイヤの帰りの衝撃を軽減するた　めにソフトランディングするソレノイドの電流制御を行ったが，３－７ｄＢの軽減に留まり，努力の割には成果が上がってい　ない．

［註］以上の騒音研究には富士通（株）山川博司氏に機材を提供していただいた．改めて感謝する．

［註］印字紙からの騒音の放射も無視できない．いろいろ試みたが軽減効果は思わしくなかった（未発表）．

３．真空遮音による騒音低減（口頭発表）

・騒音低減の１手段として，機械を真空中に置き完全に周囲から遮断する方法がある．

・歯車減速機を例として実験を行い，真空遮音の効果を調べた．理論的には０ｄＢとなるはずであるが，実際は外部モータとの　連結部から壁に伝達する音があり，１０ｄＢの低減にとどまっている．しかし効果は他の手段より抜群によい．

［註］防音壁を２重にして内部の空気を抜くと壁からの伝播がなくなる．問題は外圧（１０ｔ／ｍ^２）に耐える構造をどう作る　かにある．

４．楽器と音色の解析（未発表）

・音楽に関しても研究結果がある．

・１つはフルートの周波特性の測定である．

・メーカ（村松とヤマハ）によって特性がかなり異なることがわかった．

・この違いはフルートの音の出し易さと密接な関連がある．村松は柔らかい音色，ヤマハは男性的な音色である．

・周波数特性を調べると村松よりヤマハの方が共振のピークが高い（Ｑ値が大きい）．これが音色の違いを与えている．

・またＱ値大きい方が音を出しやすいことも分かった．

・音色に及ぼすもう１つの要素は音の立ち上がりである．

・フルートは持続音のスペクトル構成が単純なので容易に合成できる．

・当時もてはやされていたハイブリッドコンピュータによ　って音色・速度を変えられる演奏できるプログラムを開発した．

・コンピュータによって曲を演奏すると，スペクトルを調整するよりも立ち上がりを柔らかくするだけでフルートらしい演奏に　なることがわかった．立ち上がり特性の重要性を示す１つの例である．

・ピアノはテープを逆に回すとピアノらしい音にならない．バイオリンは逆に聞いてもバイオリンである．

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　Ⅱ．機構・動力学

・動力学問題とは，機構要素の慣性力と振動を調べることである．

・「運動の速度を２倍にすると駆動力（トルク）は４倍になる」というのが原則である．

・しかし，速度を２倍にするためにあちこちを補強する必要が生じ重くなるので，速度の２乗以上できくというのが現実である．

●歯車の誤差とかみ合い伝達誤差

１．歯車の回転伝達誤差の解析(1964-1973)

・歯車の個別誤差（ピッチ誤差，歯形誤差など），歯車の組立誤差（軸の傾き，偏心など）のかみ合い性能に及ぼす影響を詳細　に解析した．更に誤差の統計学的関係を明らかにし，実験によって確かめた．

・なお，結果の信頼性については故仙波正荘氏から，もっと精度の良い歯車について検証すべきとの批判をいただいた．

２．歯車かみ合い試験機の試作(1967)

・当研究室で開発した長周期ねじり振動計を歯車軸に設置し，その回転むらの差をとる方法で小型歯車かみ合い試験機を開発し　た．

・小さな歯車の伝達誤差を測るかみ合い試験機は武藤英一中大教授の遊星機構による試験機に次ぐものであるが，性能ははるか　によくなっている．

・実験ではかみ合う２歯車の回転むらのノイズが信号の数倍も大きいにもかかわらず，差を取るとノイズがきれいになくなって　いる．実験技術さえよければノイズを極端に減らせるよい例である．

・置き時計用歯車，金銭登録機用歯車など小型歯車の測定を行ったが，これらの伝達精度は非常に悪い．歯車の精度が悪くても　時計の時間精度は非常によいのは驚きである．部品が悪くてもシステムは素晴らしいということは大いにあり得ると感じ入っ　たものである．

［註］当時（１９６５頃）はかみ合い試験機の開発が歯車の重要課題であった．当時東工大石川二郎教授がホブ盤のメカニズム　を応用した大がかりなかみ合い試験機を開発し製品化した．これが当時最高のかみ合い試験機であった．そのうちに英Gould　er社が高分解能のエンコーダを利用した試験機を発表した．現在は高分解能エンコーダが簡単に入手できるのでかみ合い試　　験機の出番はなくなった．

●機構の運動学・動力学

１．リンク機構のシンセシス (1975，未発表）

・４節リンク機構のシンセシス（所定の軌跡を得るリンク機構の設計問題）の数学的問題を解き，ＣＡＤシステムを開発した．・　設計手順の中にオペレータの判断の要素がまだあり，自動設計（ＡＤ）には到っていない．

２．リンク機構の解析プログラム開発 (1992，未発表）

・一般の平面リンク機構の解析（リンク機構諸元を与えて運動を求める問題）を自動的に行う手法を考案し，解析シミュレータ　を開発した．

・これは現在機械運動学の講義に利用している（シミュレーションパッケージは本Homepageから自由に移植して利用できる）．

・これは山梨大学牧野洋教授提案の「３角法」を利用している（「機械運動学」牧野・高野著，コロナ社参照）．

・しかし「３角法」だけでは解けない例外的な機構があり，その吟味が不十分のままとなっている．

３．リンク機構の動力学解析(1976-78)

・リンク機構の動的挙動について理論解析および実験を行った．機構の入出力変換は一般に非線形であり，系にばね性があると，・いわゆる分数次調波共振が起こることが機構の動力学の特徴である．例えば入力軸の危険速度ωnより低いωn／２，ωn／３　の回転速度で共振する可能性があるので注意を要する．

４．インデクスカムの振動解析(1977)

・インデクスカム装置について残留振動の解析と実験を行い，カム曲線，機構のガタなどの影響を明らかにした．

・位置決め曲線（カム曲線）にはいろいろあるが，加速度が不連続でないことが振動を押さえる絶対の必要条件である．

［註］運動が高速化するほど振動は大きくなるが，系の固有周期が位置決め時間の整数倍（あるいは整数+0.5倍．カム曲線によ　って異なる）のときに振動は著しく小さくなる．これは高速化の１つの手法である．

［註］森永製菓（株）の菓子製造機の振動問題について相談を受けた．その場では構造がやわな割には運動が速い気がしたが解　決法は分からなかった．後で速度を大きい方に変えれば返って振動が小さくなることに気がついた．そのときには森永でまさ　にそのような解決を行っていた．

５．表面粗さと動摩擦力との統計的関係(1971)

・表面粗さが大きいと摩擦が大きくなることは経験的に分かっていたがそれを統計的に実験から明らかにした．

・動摩擦力の変動は粗さの凹凸を走るときの時間微分に比例して大きくなるというのが新しい知見である．

　　　　　　　　　　　Ⅲ．メカトロニクス

・メカトロニクスの特徴は知能化にある．知能化は新たな要求をハードにつきつける．

・メカトロニクスは総合技術であるが，メカトロニクス固有の要素の性能向上の技術課題がある．

・要素技術の発展なくしてメカトロニクス製品の向上はあり得ない．

・知能化は機器だけではない．環境も知能化すればさらに機能が向上する．

・この延長上に後述のＲＥＣＳがある．

●メカトロニクス技術

１．メカトロニクスの発展の特徴と将来(1986)

・プリンタ，自動車およびロボットを例としてメカトロニクスの発展過程を述べた．

・知能化の発展は新たな要求を生むが，要求に答えるハードが現状技術では対応できなくなる．ここにメカトロニクス固有のハ・ードの開発が求められる．

・このようにメカトロニクス技術は発展する．プリンタの歴史がそうであり，自動車の電子制御エンジンがそれである．車の安　全のためにメカトロニクス化を強力に推し進めるべきであろう．

・今後はオプトメカトロ，バイオメカトロ，ケミコメカトロ，メディコメカトロ，・・・など他分野と結びついて発展すべきも　のである．

［註］１0数年前のこの主張は今でも変わらない．現に他分野との融合は既に始まっている．ただし当時とその後とではメカト　ロニクス技術の進歩の度合いが違うような気がする．

　技術的な問題点には「Ⅳ－５．ＲＥＣＳ」を提案する．

●高速化技術

１．機構の高速化の手法概説(1977)

・運動の高速化を図るための問題点（メカニズム，ガタと摩擦，機械インピーダンスマチング，剛性と軽量化，機械系の寸法効　果，振動，高速化制御など）と対処の方法を提案した．

・切れない鋏を如何に切れるように使うかが制御の役割であるが，切れる鋏を作る方がはるかに有効であることを強調しておき　たい．

・ガタは振動の敵である．ガタをなくす工夫をすると摩擦が大きくなるが，高速化のためにはガタより摩擦を選んだ方がよい．

・動物の世界では脚の太さは体重の0.4乗に比例する．体型が相似なら1/3乗に比例し，脚の応力一定なら1/2乗に比例するはず　である．動物はその中間であり，大きい程太いがそれ程でもない．しかし大きい程応力が高いので体の大きさには限界がある．・これがかつての恐竜ではなかろうか．科学博物館の恐竜館では限界が140トンとの説明があった．

２．インデクス機構の高速化(1979)

・インデクス機構の高速化に伴う残留振動を軽減するために，電磁ブレーキをタイミングよく作用させる制御手法と，ダイナミ　ックダンパを利用する手法を提案し，その有効性を理論と実験により示した．

・機構の慣性が大きく振動は簡単にはなくならないような気がするが，実際はごく小さなブレーキ力で急速に減衰する．

・カム曲線（位置決め曲線）を，高速時でも残留振動が生じないようにうまく設計することができる．

・また，カム曲線の（ｎ－１）次微分まで連続であると　残留振動は１／（位置決め時間）^ｎに比例して小さくなる．

・Y=F(T)曲線でT=0以前で0，T=1以上で１，途中を何回でも微分可能なカム曲線が存在する（牧野教授はこれを神保曲線と名付　けた）．

・この曲線を使えば残留振動は著しく小さくなるはずであるが，実際にはそうはならない．

［註］神保曲線は加速度の最大値が大きく，残留振動も他のカム曲線と較べて良いというわけではない（未発表）．

３．光ディスクヘッドの高速位置決め(1981，口頭発表）

・光ディスクのヘッドの位置決めの高速化を目指して「学習最短時間制御」を適用した（未発表）．

・位置決め時間が最大の行程で４５ｍｓという，当時としては最高の速度を達成したが，実験で質量を増やしたにもかかわらず，・学習結果からパラメータ同定を行うと，減ったという計算結果が得られ，その物理的説明ができず，研究論文としては未発表　のままとなっている．

［註］この研究にはＮＴＴ（株）板生清氏（現東大）・山田一郎氏の援助を受けた．ここに改めて感謝する．

・板生氏にはこの他にも様々な支援をいただいたことを付記する．

　　　　　　　　　　　　　　　　 Ⅳ．ロボット

　　　　　　　　　　　　　　　　Ⅳ－１．ロボットアーム

・ボットは重い．その割には速度を出せない．

・産業用ロボットを人間と比較したデータによれば，体重に対するアーム速度・可搬重量ははるかに劣る．

・れらの性能は，メカニズムを工夫し，軽量化設計することによって改善できるはずである．

●ロボットアームの機構・シミュレータ・設計

１．リンク式ロボットアームの開発（特許）(1981)

・リンク機構式ロボットアームを開発した．

・これはワークを両腕で持つようになっているので剛性が高く，原動力が和になるので高速化に向いている．

［註］パラレルアームのはしりであったが，ロボットの世界からは無視された．

［註］設計はＮＥＣ高畑明紀氏が担当し製作は同片山茂氏のお世話になった．片山氏には他に様々な援助に受けている．ここに　感謝する．

２．精密ロボット(1984-91)

・精密ロボットの必要条件を示した．

・２重駆動精密ロボットを試作し，ミクロン単位の作業ができることを示した．

・これは粗動作をモータによるウオームの回転で，精密動作をＰＺＴによるウオームの直動で制御することが特徴である．

・数μmの文字を粗動・微動の協調によって書くことができた．これまでには富士通の精密ロボットが米粒に文字を書いた例が　あったがそれを一桁下回る大きさの文字である．

・動きのレンジが大きい割に高精密である機構には粗動・微動の考え方が有効である．

［註］大型のＰＺＴアクチュエータを富士通（株）比屋根正雄氏，富士電気化学（株）土屋良二氏から提供していただいた．長　い円筒形であるがまっすぐに伸び縮みさせるようにどう作るかに苦労されたようで，ここに改めて感謝する．

３．ロボットアームの効率的な逆運動学解法(1984)

・効率的な逆運動学（ワークの位置姿勢から関節変位を求める問題）の計算法を提案した．

・これは，任意のシリース構成の６自由度ロボットアームに適用でき，通常のJacobian法の1/10の計算時間であること，可能な　８通りの解を得られることが特徴である．

・当時逆運動学の解法が数多く発表されその後も少しずつあるが，計算効率と８通りの解を得る点で2001年の現在でもこれに勝　る解法を見ない．

・計算パッケージはHomepageにあり，自由に利用できる．

・これはその後のロボット解析・設計システムに利用している．

４．ロボットシミュレータの開発(1983)

・開発したシミュレータは，順運動学，逆運動学，速度・加速度解析，逆動力学，撓み解析からなる．

・逆運動学解法には前述のプログラムを利用している．

［註］本研究は機械振興協会の要請により行ったものである．当時仏Montpellier大A.Liegeois教授のKatiaを使ったロボットシ　ミュレータが有名であった．また独IPAのWarnecke教授のシミュレータは工場での応用向きに作られた実用性の高いものであ　った．ユーゴMihailo Pupin Institute Vukobratovic教授のシミュレ－タは報告書によれば完備したシステムであったが，よ　いコンピュータがなかったのかシミュレーションの実例を見たことがない．

５．ロボット設計システムの開発（特許）(1985-96)

・ロボットアームの設計システム「ＴＯＣＡＲＤ」(Total Computer Aided Robot Design)を開発した．

・これはロボットの構造も詳細な寸法，使用するモータや機械要素などを自動的に決定する総合設計システムである．

・運動がロボット構成に密接に関係し，力学が詳細設計に関係することを示し，基本設計と詳細設計を切り離して行うことによ　り，設計手順を単純化している．

・運動パターン（ロボット作業）からロボットの構造を選ぶFuzzyシステムを提案した．

・詳細寸法と力学は相互に影響し合うので，ロボットパラメータの「感度解析」を採用して詳細寸法の繰り返し演算の収束を図　った．

［註］「ＴＯＣＡＲＤ」の開発には川崎製鉄（株）滝谷敬一郎氏・椎名建一氏の援助をいただいた．ここに感謝する．

［註］現在パッケージは手元にあるが，コンピュータシステムが変わり昔のコンピュータが世の中から消えてしまったため，利　用できないでいる．何とかならないものだろうか．

●特殊運動制御

１．お手玉ロボットのＳＴＳ制御(1994)

・お手玉(juggling）ロボットは，投げ上げた物を決まった時刻に位置・速度がロボットハンドと一致させるような運動が特徴　である．これを「ＳＴＳ運動」，この運動制御を「ＳＴＳ制御」と名付ける．

・ＳＴＳ運動を学習Bang-Bang制御のように行い，実験によって１アームで２つのボールを１０数回jugglingすることに成功し　た．ロボットは眼を持たない．投げ上げる瞬間のハンドの位置と速度を知ってボールをつかむ時刻・位置・速度を計算し，そ　こへ手を伸ばすというやり方である．10数回で失敗したのは横に手を伸ばすことができないロボットだったからである．

・「ＳＴＳ制御」はＰＴＰ制御」「ＣＰ制御」と異なる新しい概念である．従来は目標位置・速度からのずれをフィードバック　しフィードバックゲインを目標に近づくにつれて無限に大きくするというモータトルクに制限がない前提に基づく手法が提案　されていた．本手法は普通のロボットでも適用可能である．

［註］お手玉ロボットで最も苦労したのはハンドである．担当の朴勇進君はこのために博士課程を２年余計に費やさねばならな　かった．

［註］この成果はＮＨＫの教育番組に紹介された．

［註］使用したロボットはセイコーエプソンのＳＣＡＲＡロボットである．本来水平に使うべきロボットを垂直にしたので使用　を危ぶまれたが，社の方でわざわざテストして確かめた上で提供していただいた．別の有力ロボットメーカにも問い合わせた　がどこも垂直使用は無理との返事であった．改めてセイコーエプソン（株）の斎藤氏に感謝する．

２．ロボットによる流れるライン上での組立作業(1999)

・ＳＴＳ制御の例として，流れるライン上での組立作業がある．移動しながらの作業は間欠的に動くラインやロボットよりも高　速化が可能であり，加速・減速の両方にエネルギーを必要とする現在のロボットでは省エネルギーにもなる．

・この作業は目標軌道を時々刻々修正するリアルタイム修正ＳＴＳ制御によって可能となる．

・ピンを等速で動くベルト上の孔に挿入する実験では，0.1mmクレアランスまで成功した．

・更に移動する穴の脇をロボットハンドが途中で捕まえ固定して一緒に動く状態で挿入作業をする実験では0.5mmクレアランス　に成功している．

・ＳＴＳ制御においても計画軌道追従の遅れを免れず，フィードフォワード（ＦＦ）が必要である．過去の運動の実測値からＦ　Ｆデータを作るのはノイズが大きく平滑化などの一寸したテクニックが必要であった．

３．移動物体捕捉の予測制御(1993)

・猫がネズミを捕まえるように，逃げる物体を捕捉するロボットの予測制御を行った．

・これは物体の運動の特質を認識することと，特質から予測して先回りする制御とからなる．

・モデル実験では，捕まえるのに長時間を要するケースは極めて少ないという結果を得ている．

・予測は運動をスムースにし高速化も可能である．

・センサ制御はどのケースでも動作が遅い．知能ロボットが実用にならない理由の１つはここにある．しかし人間の動作は速い．・ロボットのセンサ制御に予測制御の概念を導入すれば高速化できる．

４．可変パラメータ制御による制振(1992)

・ブランコは乗り手がうまくこぐと振幅を徐々に大きくすることができる．これを逆に利用すると振動の振幅を小さくすること　ができる．これが可変パラメータ制御による制振である．

・この原理を方向可変の板状梁を挿入したフレキシブルアームの２次元曲げ振動の制御に利用した．

　理論を導き，実験を行ったが，ダンパを挿入するよりは効果が少なく，応用は限られるようである．

５．柔軟物体のハンドリング(2000，未発表）

・剛体を柔軟体に挿入する作業のロボット化を試み，手法の提案と実験を行った．

・力覚センサを用いた力制御を基本としたが，作業速度が遅く実用にはほど遠い．

・別の対象として，歯付きベルトを歯付きプーリに掛ける作業の高速化を試みた．

・ハンドが持っているベルトの状態を力覚センサで知り，その情報から次の動作を生成するという状態推移の制御を行ったが，・2001年現在高速化の成果は得ていない．

［註］一般にセンサ制御による作業は，速度が遅く信頼性に欠けるという根本的な問題点がある．

［註］本研究には，はめ合い作業例としてＮＴＮ（株）馬場裕氏より等速ジョイントを，富士通（株）比屋根正雄氏・藤井貞雄　氏から６自由度ロボットを提供していただいた．ここに感謝する．

　　　　　　　　　　Ⅳ－２．ロボット運動の高速化

・ロボットの高速化手法は前述のメカトロニクス機器の高速化と同じである．

・ロボットはメカトロニクスの１つであるから，これは当然である．

・最も速く位置決めする制御は最短時間制御である．

・理論的にはそうだが，実際の応用となるとノイズとパラメータ同定誤差の影響が大きく，もう一工夫が必要である．

１．ロボット運動の高速化の手法 (1978-1991)

・ロボットの高速化のためのハードとソフトのアプローチを提案した．

・ロボットの各種構成要素（アーム・軸・モータなど）の強度・出力／重量比を調べてみると，全て材料からの改善が必要であ　ることがわかる．

・人間と比較してロボットの能力が劣るのはモータの能力が劣るからである（人間は1ｇ/ｗ，サーボモータは30ｇ/ｗ）．

・最短時間制御（ＴＯＣ）は高速化の究極の制御法である．

・しかしＴＯＣでは２倍の高速化がせいぜいである．ハードの改善の方が高速化の効果が大きい（切れない鋏を上手に使いこな　しても切れる鋏にはかなわない）．

・構成要素の改善はロボットとは違う分野の進歩を待たねばならない．サーボモータの磁石が強くなればモータの性能は上がる　が強い磁石の開発は材料研究者に頼るしかない．

・人間の筋肉に相当するアクチュエータとして形状記憶合金（ＳＭＡ）がある．性能は高いが大きな変位が得られず，実用にほ　ど遠い．筋肉のように30%以上の歪み率が得られれば実用になるが，そのような材料は見つかっていない．

・一般にアクチュエータは体積（重量）に比例したパワーが得られる．例外は面積に比例する静電引力の利用である．日立

(株）柄川索氏の研究があるが中断しているのは惜しい．

２．ロボットのＰＴＰ運動の最短時間制御(1981-87)

・ロボットのＰＴＰ運動の高速化のために最短時間制御（ＴＯＣ）を適用した．

・モータトルクの限界がある場合，ＴＯＣの解はBang-Bang制御となることが証明された．

・トルクの切り替え時刻の解を得るには時間がかかるが，その効率的な新しい解法を示した．

・ＴＯＣは開ループ制御であるため，ロボットパラメータの見積り誤差が大きく目標位置速度をずらせてしまうという欠点があ　る．

・これを避けるいくつかの方法（局部フィードバック，学習）を提案した．

・２自由度ロボットアームの高速化のために局部フィードバック最短時間制御を適用し，実験では最大７０％までの時間短縮を　得た．

・局部フィードバックとはロボットの位置・速度を観測し，その切り替え時の計算値と最も近くなったとき切り替えるという方　法をとり，その有効性を示した．

・また，試行毎に目標値からのずれを小さくする学習制御により切り替え時刻を修正してノイズによる位置決め不確実さの範囲　に急速に収束するアルゴリズムを作り実験に成功している．

・ロボットパラメータを運動から逆算して修正するのではなく，直接切り替え時間を修正するので計算が簡単であることがこの　特徴である．

・ＴＯＣは理論的には持てる最大のトルクを出すが，実際にはノイズや機構パラメータの見積もり違いなどによってずれた場合　修正するだけのマージンが必要である．すなわち最大トルクを使用してはいけない．

・ＴＯＣは不連続にトルクを切り替えるから柔らかい構造では振動が出やすい．

３．障害物回避最短時間制御(1987)

・障害物を避けながらのＰＴＰ運動の高速化について，これもやはりBang-Bang制御であることを示し，２自由度ＤＤロボット　アームの実験によって有効性を示した．

・人間や動物は無意識に最短時間に近い軌道の運動をしていることが分かる．

・ＴＯＣのトルクの切り替え回数は障害物の数によって決まるが，条件によっては切り替え回数の縮退が起こる．

・障害物回避のＴＯＣの解を求める計算は時間がかかり，実用にはほど遠い．

［註］このロボットのメガトルクモータを提供していただいた日本精工（株）松本安民氏に感謝する．

［註］ＣＰ運動の最短時間制御も試みた．手法を確立し成果を得た頃，Bobrowらの研究が公表された．結果も同じだった（口頭　発表）．高速化はロボットのホットな課題ではなかったから，上の例のように他からほぼ同時に研究論文が出るというのは極　めてまれなケースだったといえよう．

　　　　　　　　　　　　　　　　　Ⅳ－３．超音波センサ

１．高精度超音波センサの開発(1982-85)

・高精度超音波センサの開発は佐々木助教授のアイデアである．

・超音波パルスの反射のフライトタイムを精度よく測り，奥行き精度±０.１ｍｍを得た（特許）．

・これは通常の１／１０以下の分解能を持っている．

・高精度は反射波の０クロスの時間を測ることにより達成される．通常はしきい値を切るまでの時間であり，振幅によって変わ　ることが避けられない．

・送受信器をスキャニングして物体の方向を±０.３゜の　精度で測ることができた．

　この高精度は振幅最大の方向を内挿法により求められる．

・角柱の片面の角からも超音波の反射を捕らえることができる．これにより物体の認識も可能である．

２．超音波センサのロボットへの応用(1988-1999)

・ロボットに応用し，円柱，角柱の認識と把握を高速に行うことができた．

・また，テーブル上にランダムに置かれた物体の認識と把握，ドアのノブの認識とドアの開閉など３次元作業への応用も可能で　あることを示した．

３．超音波によるロボットの３次元位置姿勢計測システムの開発(1992-94)

・超音波センサを複数個使ったロボットの運動計測システムを開発した．

・ロボットのアーム先端に３個の火花放電装置をセットし，信頼性の高い無指向性超音波音源を得ているのが特徴である．

・これによってアームの位置姿勢が計測できるようになった．

・ロボットの計測精度は０.３×０.４×０.４ｍ空間で±０.３ｍｍを得ている．

・超音波センサをコウモリ並みに高性能とすることはできないか，いろいろ試したがまだ成功していない．

・超音波センサの応用開発課題は非常に多くある．超音波による「両眼視」，超音波の杖，ノイズ内の自己信号のみの抽出，等　々．

［註］「半波長以下のものは見分けられない」というのは音波では本当でない．音波は縦波であるから髪の毛でも反射があり検　出できる．このことは実験で確認している．

　　　　　　　　　　　　　　　　　Ⅳ－４．移動ロボット

・人工的な環境は，月面のような荒れた面とは異なりある程度整っている．

・このような環境では脚式でなくても，メカニズムの工夫によって十分走行の機能を達成できるはずである．

・一方車輪式は，自動車の歴史を見るように技術蓄積があり利用しない手はない．

・この観点から「ＴＯＲＯＶＥＲ」が生まれた．

　●階段昇降ロボット(1983-94)

・特殊なメカニズムの階段昇降ロボット「ＴＯＲＯＶＥＲ」を開発した（特許）．

・これは，星型のアームの先に車輪をとりつけ，平地走行には車輪を，階段昇降には星型アームを回転させるように制御するよ　うになっている．

・このメカニズムの特徴は，階段昇降が安定であり，制御則が簡単なことである．

・VersionⅠ，Ⅱ，Ⅲと上がるにつれて改良が加えられている．

・「ＴＯＲＯＶＥＲ－Ⅰ」は，車輪と星型アームを別々のモータで駆動し，階段であることを認識して駆動を切り替えるようになっている．

・７０ｍｍの階段昇降に最高０.７５秒／ステップの速度を得ている．

・このタイプは原子力保全ロボット「Ａ　ＭＯＯＴＹ」に応用された．

・「ＴＯＲＯＶＥＲ－Ⅱ」は，更にステアリング機構を付加したものである．

・「ＴＯＲＯＶＥＲ－Ⅰ」では左右の速度差だけで旋回していて，旋回に要するモータトルクが大きい．

・その欠点を補う目的で改良したものであるが，今度はステアリングに要するモータトルクが大きく満足な結果が得られなかった．

・「ＴＯＲＯＶＥＲ－Ⅲ」は，遊星歯車機構を利用して車輪と星型アームを１つのモータで駆動する（特許）．

・平地走行と階段昇降の運動切り替えは自動的に行われ，制御は全く不要となった．

・前輪をキャスタとして，後輪左右の速度差を与えれば螺旋階段も昇降できる．

・運動切り替えのための遊星歯車の減速比を決める力学条件を明らかにした．

・「ＴＯＲＯＶＥＲ－Ⅲ」は後述の家庭内作業ロボットに応用されている．

［註］「ＴＯＲＯＶＥＲ－Ⅲ」における遊星歯車機構は「１入力２出力」として利用している．

・２出力の中，少しでも抵抗の小さい方が動き大きい方は停止したまま，という特徴があり，この性質をうまく使っているので　ある．

・この機構はロボットコンテストでも高校生のアイデアとして登場した．

●車輪式移動ロボットの運動学(1987-95)

・車輪式移動機構の分類，基本的な運動学，力学問題を定式化した．

　移動機構の運動の特徴は，車輪回転角と移動量とがその微分値（速度）によって関数関係に表現されていることである．一方　アーム運動学では両者は，直接関数関係にある．

・連結車両の特性も明らかにしている．

・任意数の車輪を持ち，任意数の連結車両について運動学の一般式を，力学条件を含めて導いた．

・車輪式移動機構の力学は自動車のタイヤ力学を基本にしている．

・比較的低速の状態での車輪の力学問題を明らかにするために基礎実験を行った（未発表）．

・しかし，データのばらつきが大きく，すっきりした速度・ツイスト速度と摩擦力との関係はまだ得られていない．

●移動ロボットのナビゲーション

１．超音波によるナビゲーション(1989-95)

・Dead reckoning＋超音波センサのセンサ融合の１種である．

・センシングデータは実際のロボット位置姿勢と良く一致していたが，制御が悪く目標地への到達精度はよくなかった．

・その後，無線通信と超音波距離計測を組み合わせた灯台方式を開発し，廊下で実験した結果，ナビゲーションの制御が数cmの　実用になる精度を得ている．

２．マーク認識によるナビゲーション(1999，口頭発表)

・天井に張り付けたバーコードをロボットが見て位置姿勢を認識する視覚灯台システムを開発した．

・超音波灯台と比較して装置は簡単だが，認識速度に劣る．

・現在，制御実験を行っているところである．

３．移動ロボットのフィードバック制御 (2000，口頭発表）

・軌道誤差をフィードバックする移動ロボットの制御特性を明らかにした．

・移動ロボットの構造は２駆動１キャスタ(2DW1C)，前輪駆動前輪ステアリング(FDWFS)，後輪駆動前輪ステアリング(RDWFS)に　ついて，また軌道誤差のセンシングは連続的の場合と離散的な場合について考察した．

・線形化近似システムが安定であってもある誤差以上では不安定になる．

・離散的なセンシングでは安定領域が狭くなる．

・2DW1Cが最良の制御性を示す．

［註］移動ロボットの「安定性」は通常の概念と違う．線形化システムが安定であればぐるぐる回りながら時間をかけて必ず軌　道に戻るがこれは安定とは呼ばない．ここでは「回転しないで戻る］ことを安定と言っている．

　　　　　　　　　　　　　　　　Ⅳ－５．多指ハンド

・指先がポイントであり，物体との接触位置が変化しない「指先による操り」問題は数多く論じられているが，「指の腹による操り」の研究は殆どない．人間でもロボットでも後者の操りが圧倒的に多い．

●指の腹による多指ハンドの運動学(1994-)

・指の腹による物体の把握と操りの運動学を定式化した．

・把握においては，順運動学（指の関節変位から物体の位置姿勢を求める問題）と，逆運動学（からを求める問題）を　明らかにした．

・アームの運動学と違って順運動学の解の方が難しい．

・操りにおいては，順・逆運動学ともとの速度によって関係づけられる（非holonomic系）．

・これは物体の最終目標位置姿勢へ持っていくのにいく通りものの解が存在することを表している．

・指と物体との接触状態を滑り・転がり・ツイストの有無で分類し，それぞれの運動学の式を導いた．

・単純形状物体の把握と操りのシミュレータを開発した．

・指の腹による物体の把握問題は，単純な形状物体でないと解析的に解けない．

・任意形状の物体に関しては，物体を多面体に近似し把握問題を解決した．この近似では解析的に解ける．

・多面体近似物体の把握と操りのシミュレータを開発した．

・物体をスプライン曲面に近似し，任意形状物体の把握と操り問題の解法を求めた．

・このシミュレータを開発した．

［註］多指ハンドによる操りのいくつかの例を見ると，動きがどこか不自然である．これは力学を考慮していないためで，実際　にシミュレーションを役立てるには次の力学を考慮したシミュレータが不可欠である．

［註］また物体の運動を生じさせる指の運動はすぐに限界に達してしまう．大きく動かすには「持ち替え」をするか手首の運動　を付け加える必要があることが分かった．

●指の腹による多指ハンドの力学(1995-)

１．力学を考慮した操りのシミュレーション

・指の腹による物体の把握と操りの力学を定式化した．

・物体に作用する外力・外モーメント_ｅｘと指との接触点から与えられる摩擦を含む接触力_ｃとの関係は線形関係にあり，両　者の変換マトリクスには摩擦係数，ツイスト摩擦係数が含まれる．

・通常，_ｅｘと釣り合う_ｃの解は１通りではない．

・ここでは接触点での垂直力の和を最小とするＬＰ法を適用して求めた．但しこれが唯一無二の方法ではない．

・ここでは「良い操り」とは操りの全行程で力に無理がなく，スムースに接触状態が移行することと捕らえ，状態遷移を規定し　ている．但しこれも唯一無二の方法ではない．

・これらを基に力学シミュレータを開発した．

２．指の接触運動と摩擦力の関係(1999-，口頭発表）

・指と物体の接触の摩擦状態を調べる実験を行った．

・ツイストを伴う滑りの摩擦係数は単純滑りのときと値が異なる．

・また，ツイストの摩擦モーメントは接触面が大きいと大きくなるが，接触楕円は物体と垂直力によって異なる．この場合の釣　合式は複雑である．

・転がりを伴う滑りツイスト運動は摩擦係数を減らす．

・これらの接触運動と摩擦係数の関係を理論的実験的に明らかにした．

［註］純転がり運動の滑り摩擦とツイストモーメントは０である．純滑り運動のツイストモーメントは０である．純ツイスト運　動の滑り摩擦は０である．

［註］これらの事実は一般に理解されていない．ボールベアリングの技術者を除いて滑り摩擦係数は転がりやツイスト運動があ　っても変わらないと思っている．

３．摩擦特性を考慮した操りのシミュレーション(2001，未発表）

・上記の摩擦特性を考慮した多指ハンドによる操りのシミュレータを開発した．

・物体に与えられた運動を生じさせるには，指の運動と把握力の両方が決まった値を取らねばならない．

［註］把握力を加減しながら物体を操る必要があるということは，操りが微妙であることを意味する．すなわち望みの運動を得　るには力覚センサが必要である．

［註］２本指でも操りがができる．しかし指数が少ないとすぐに運動の限界がきてしまう．

［註］シミュレーションを実際のロボットに応用して器用な操りをさせたいが，制御の微妙さと摩擦力の変動などからかなり難　しそうである．

●人間の操り動作の計測システム開発(1998)

・２台のＴＶカメラによる３次元運動計測システムを開発した．

・点滅する複数個の光点を指にとりつけ，光点の位置を測定すれば指の運動がわかる．

・光点は指の甲側につけるので，センサグローブと違って自然の状態で物体の操りができる．

・光点の測定精度は±０.１ｍｍと高い．

・複数光点の２つのカメラ上の対応に工夫を凝らし，紛れのないようにしている．

［註］市販のＴＶカメラを利用したが，画像の歪みを計測し修正するのに苦労した．歪み修正なしにはござが大きくて使えない．

［註］ロボットの操りは極めて不器用である．人間の操りと指の腹による操り解析とから，ロボットに器用な操りをさせるのが　最終目的である．

●多指ハンドの製作(1985，未発表）

・３指ハンドを何種類か設計製作をした．

・小型でアームに搭載でき，かつ２ｋｇのワークを操ることを想定し，モータと指関節の伝達機構として，歯車列，タイミング　ベルト，リンク機構の３種を試みた．

・歯車列は摩擦とガタが大きく，タイミングベルトは強度が不足し，リンク機構は可動範囲が狭いという３者３様の欠点がある．・やはり，伝達はワイヤがよさそうである．

・また，半導体センサによる指搭載のアレイ型圧覚センサを開発した（特許）．

・センシング部分はリソグラフィの技術で製作できるので超小型化が可能であるが，その上にかぶせる柔軟体の小型化が問題と　して残っている．

［註］リソグラフィで製作する圧覚センサが技術的に可能となっても，相当な量が売れない限りコストが合わない．実用化はや　はり当分無理であろう．

［註］圧覚センサを製作していただいた（株）東芝長沢潔氏に感謝する．

［註］３指ハンドの製作には三菱金属（株）斉田洋一氏のお世話になった．ここに感謝する．

　　　　　　　　　　　　　Ⅳ－６．ロボットの総合化

●ロボット技術一般論(1990)

・ロボットが人間並みの能力を備えるにはどんな要素技術が必要かを述べた．

・ハードウェアの観点から人間と現在のロボットを比較して，体重当たりの速度・可搬重量・器用さなど全てに劣るのは構成要　素が重いからである．

・モータは３０ｇ／Ｗであるが，これを１ｇ／Ｗにする必要がある．他の要素も同様である．

・人間は決して最適の構成をしていない．指は５本はいらない．

・将来のロボット社会を現在の車社会のようにしてはならない．

［註］昔道路は人間のものであった．今は自動車が占拠している．同じことをロボットにさせてはならないということである．

・ロボットを実用化するにはハイテクの普及まで待つのではなく，「ＲＥＣＳ」技術を適用すべきである．

・作業移動ロボットの開発を目指して，筑波大学金谷裕教授を協同研究を行った（科研報告書）．

　移動ロボット搭載の軽量アームを設計製作したが，思ったほど軽量にはならなかった．

［註］ＣＦＲＰ製アームを住友電工（株）吉田健一氏に製作していただいた．しかしモータ・関節部の歯車などが重く，アーム　材料だけ軽くしても効果が薄い．吉田氏には感謝する．

［註］作業可能なアームとハンドを筑波大に提供できなかったことを申し訳なく思っている．

・ヒューマンミメティクスの１つとして，ピッチングロボットの試作を試みた（口頭発表）．

・プロ野球の投手（大洋ホエールズ佐々木・盛田）の投球動作を３次元に計測した．

・その動作を真似るロボットを開発するつもりであったが，１４０ｋｍ／ｈを越えるスピード，自由に投げ分けるコントロール　の課題がまだ未解決で，人間を真似るにはほど遠い状態にある．

［註］ピッチングロボットを製作していただいたミズノ（株）信田宜司氏に感謝する．

●原子力保全ロボット「Ａ　ＭＯＯＴＹ」(1984)

・これは原子力発電格納容器内でメインテナンスを行う目的のロボットである．

・標識を頼りに床面走行し，自律的に階段を登り，ＴＶカメラで検査し，９自由度ロボットアームで修理を行うというのがシナ　リオである．

・実機を製作し，モデル動作の実験に成功している（実験担当東芝）．

・当研究室は移動システムを担当し，前述「ＴＯＲＯＶＥＲ－Ⅰ」のメカニズムと制御法を応用した．

・旋回には，駆動モータの能力以上に過大なモータトルクが必要なので，ホイールベースを縮める機構をつけて旋回し易いよう　にしている．

・階段昇降には37秒／ステップ（高さ210ｍｍ）かかった．350ｋｇという重量が動作を遅くしている．

［註］「Ａ　ＭＯＯＴＹ」は東京大学精密機械工学科の共同開発に従事した研究室の頭文字をとった吉川弘之教授の命名である（新井民夫・三好俊郎・小田原豪太郎・大園成夫・高野政晴・吉川弘之）．

［註］初めはＭＯＯＴＹであったが，英国帰りの新井氏が加わり，Ａの入れ所がないので頭につけた．決して単なる不定冠詞で　はない．

［註］当時通産省所属の故霜弘太郎氏も協同研究者であり，ロボットの製作は（株）東芝原子力研究所が担当した．益田恭尚氏，　三上隆夫氏他に感謝したい．

［註］機械系の「寸法効果」を身を持って教えられたケースである．

　階段に脚を下ろすとき衝撃がある．衝撃エネルギーはmv^２/2であり，大きさ・速度の全てが比例すると仮定するとエネルギー　は［Ｌ^７］の次元を持つ．上のケースでは寸法が約３倍であるから衝撃エネルギーは3^７＝19863倍となる．

大きな物体の衝撃を緩和することが如何に重要かがわかる．

　また，構造部材は寸法の３乗に比例する重量を支えるために寸法の１乗以上に太くする必要がある．相似形なら100ｋｇであるはずが350kgとなったのはこのためである．

［註］４つ足動物の体重Wと足の直径dとの関係を調べたことがある．種によるばらつきは大きいが，ほぼdはW^0.4に比例すること　がわかった．

　もし体系が相似ならW^1/3に比例し，足に加わる応力が一定ならW^1/2に比例する．

　現実はこの中間であるから，象は猫ほど足が太くないといえる．

　大型ほど足の応力が大きくなるので，４つ足動物には無限に大きな種は存在しない．

●ＲＥＣＳとその福祉ロボットへの応用

１．ＲＥＣＳコンセプトの提案(1993)

・「ＲＥＣＳ」とは”Robot/Environment Compromise System”のことである．

・ロボットが作業し動き易い環境を作る．ただし人間に邪魔になってはならない．

・ＲＥＣＳには固有の技術課題がある．これはメカトロニクスの発展に要素技術の向上が欠かせないのと同じである．

・これがＲＥＣＳの基本コンセプトである．

・福祉ロボットは汎用である．あらゆるロボット技術を必要とする．これに対応するのがＲＥＣＳである．ロボットにとって難　しい１つは外界認識である（対象物を含む）．これには標識をつける．

・もう１つは対象物のハンドリングである．これには大分類した「作業別汎用ハンド」を提案する．

・環境改変とロボット技術との分かち合いがＲＥＣＳの固有の技術課題である．

２．福祉ロボットのための移動技術(1996)

・ＲＥＣＳに基づいて，屋内移動ロボットとそのナビゲーションシステムを開発した．

・これは，信号付き光灯台とＰＳＤによる位置姿勢計測システム，「ＴＯＲＯＶＥＲ－Ⅲ」による段差乗り越え移動機構，およ　び力覚センサと超音波近接センサを　持つ目的位置へのドッキングシステムの３サブシステムからなる．

・走行制御にも新しい手法を用いている．

・走行実験において，５ｍ程のＬ字パスを通り目的値に到達するのに約２.５分かかった．

・灯台計測の精度向上，ドッキング機構の小型化，ドッキングの高速化など，まだ改良の余地がある．

・マニピュレータを搭載して，ドアを開閉する動作を行うシステムを作った．

・ドアの把手はハドリングし易いレバー式とし（環境改変），ドアに認識マークをつける．

・ＴＶカメラの画像上のマークの位置と大きさから把手の位置を知り，把手をつかむ．

・レバーの回転とドアの開閉，ロボット本体の戸口からの出入りの制御実験を行い，十分な結果を得た．

３．食器後片づけ作業ロボット(2000)

・ＲＥＣＳに基づいて食器の後片付け作業システムを開発した．

・食器にコード化したロボットにとって目立つ印をつけ，ＴＶカメラによるコードの種類と位置を知ることにより食器の種類と　位置姿勢を認識する．

・食器の認識と把握，食器洗い機への搬送と中へのセットの一連の動作を実験し，期待した成果を得た．

・食器後片づけ作業が可能であることが分かり，ＲＥＣＳコンセプトに基づく掃除他の作業の可能性の道を開いた．

［註］全体システムとして，「作業別汎用ハンド」の作業毎の交換，自立走行作業のためのエネルギー源の確保，他の作業（掃　除・洗濯など）システムの開発など課題は山ほどあり，この研究はまだ緒についたばかりである．

［註］無毒で洗っても落ちない，そしてロボットに見やすいマークのための材料探しに数年かかった．これがこの場合のＲＥＣ　Ｓ固有の技術である．